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クリエイトする弁護士齋藤理央.comのコンテンツです。

昨今、はるか夢の址事件、たぬピク事件、ペンギンパレード事件など新しい裁判例も出され、立法論としても議論されているリンクと著作権の問題について、「インラインリンクと著作権」の論点に関する議論(が生じ得るポイント)として把握しているものについて、議論の一助となればと思い記事にさせていただきます。

インラインリンクを2つの場面に分ける

インラインリンクという現象と、これに伴って生じる論点は、2つの場面に切り分けて整理するのが、一つの整理の仕方ではないかと考えています。具体的には通信領域とクライアントコンピューターの内部処理領域に応じた場合分けが適切ではないかと考えています。

関与するコンピューターに着目した場面分け

それは、➀サーバーとクライアントコンピューターという2つのコンピューター間のデータ受け渡しの過程と、②データを保有する状態でのクライアントコンピューターの内部処理の過程、の2つの場面に分けて現象をとらえるという場面分けです。

具体的な場面分けについて

2つの場面の第1は、➀(インライン)リンクと公衆送信権・複製権が問題となる場面(サーバーから、クライアントコンピュータハードディスクキャッシュ領域へのデータの受け渡し(クローニング))までの時点(以下「➀データ受渡」と言います。)です。➀は、サーバーコンピュータとクライアントコンピュータの2つ(実際にはサーバー側はもっと多数のコンピューターが関与しますが便宜的にすべて1台のサーバーコンピューターと仮定します。)のコンピュータの通信領域、データの受け渡し段階を問題とします。

第2は、 クライアントコンピュータにおける➀データ受渡後の「データ解析」から「表示」までの経過である、②上映権・公衆伝達権・(ディスプレイ権)・同一性保持権・氏名表示権の問題の範疇として「リンク」とは切り離して理解されるべき「表示・ディスプレイ領域」の議論です。以下、「②表示領域」と言います。 ②は、純粋にデータを受け渡されたクライアントコンピューターの内部処理の領域です。

第1の場面と第2の場面の切り分け補足

前提として、概ねの理解ですが、インターネット上においてデータは電界(+と-が、1と0に対応。)乃至磁界(N極とS極が、1と0に対応)の状態などで存在でき、サーバーコンピューターからクライアントコンピューターにデータが送信されるというとき、物理的にはサーバーに存在する電子乃至磁界などの状態のデータから出力される波形、信号が有線乃至無線を通じてクライアントコンピューターハードディスクキャッシュ領域に磁界などの状態を新たに形成し、新たな別のデータがクライアントコンピュータに生成(クローニング)されるものと理解しています。ただ、ここでクローニングとか生成という呼称をつかっているのは、キャッシュ領域にデータが新たに生成されることが、必ずしも著作権法上の複製(有形的再製)に該当するとは評価されていないことも加味しています。

この、①サーバーからクライアントコンピュータへのデータの受け渡し、物理的にはクライアントコンピュータにおける新たなデータのクローニング(生成)まで(サーバーからクライアントコンピュータへのデータ受渡領域)の通信領域と、②クローニングされたデータを含めたクライアントコンピュータに存在しているデータの解析から表示(モニターやプリンターへの出力)までの過程(クライアントコンピューターの内部処理の領域)を、切り分けて捉えた方が、議論が整理しやすいのではないかと考えています。

このように、第1の場面として問題とするのはあくまで、クライアントコンピュータ・ハードディスクキャッシュ領域にデータがクローニングされるまでの時点(クライアントコンピュータへのデータの受け渡しまでの領域)と理解すべきと考えています。その後の経過は②表示領域(=下記の上映権・公衆伝達権・(ディスプレイ権)・同一性保持権・氏名表示権の問題の範疇として「リンク」とは切り離して理解されるべき「表示・ディスプレイ領域」)の議論とすべきと考えます。

ただし、複製、公衆送信の客体たるデータの範囲の確定については、表示領域(クライアントコンピューターメモリー部に展開されるレンダリングデータ)から巻き戻した議論が必要となる可能性もあります。

なお、この第1の場面のデータ受渡領域までにおける線引きという捉え方については、インターネットにおける自動公衆送信権を、複製物の受け渡しを規律する頒布権、譲渡権、貸与権と同等の権利として把握し直すことで自動公衆送信行為の理解の一助になるのではないかという私見も一定程度影響を与えていますのでご注意ください。

第1の場面➀データ受渡段階のあり得る議論まとめ

送信可能化行為について

㋐送信可能化行為論(はるか夢の址事件、たぬピク事件など必ずしもこれまでの議論とは異なる行為が侵害と認められたようにも捉え得る。)、㋑送受信の客体たるデータとは、㋒送受信の主体(行為主体論(ただし、客体論に相当部分議論を吸収される?))などが争点として生じる、あるいは生じていると理解しています。

自動公衆送信行為について

 ㋐自動公衆送信行為論、㋑送受信の客体たるデータとは、㋒送受信の主体(行為主体論(ただし、客体論に相当部分議論を吸収される?))などが争点として生じる、或いは生じていると理解しています。

複製行為について

 ㋐複製(行為)概念(一体的複製行為など、そもそもの複製概念の見直しの議論を含む。)、㋑複製の客体たるデータとは、㋒複製の主体(行為主体論(ただし、客体論に相当部分議論を吸収される?))などが争点として生じる、或いは生じていると理解しています。。

共同不法行為論

 ㋐行為の共同性認められるか=送信可能化行為、自動公衆送信行為、複製行為のそもそもの行為論、特にリンクの事前に行為が完了する送信可能化、複製各行為よりも、構成によってはリンクの事後に行為が成立する可能性がある自動公衆送信行為の性質論、行為成立のタイミングは今後論点に影響が大きいと理解しています。㋑行為主体論も問題となり得ると理解しています。

幇助論

㋐送信可能化行為、自動公衆送信行為、複製行為のそもそもの行為論、特にリンクの事前に行為が完了する送信可能化、複製各行為よりも、構成によってはリンクの事後に行為が成立する可能性がある自動公衆送信行為の性質論、行為成立のタイミングは今後論点に影響が大きいと理解しています。また、㋑行為の客体たるデータの範囲も、幇助論に影響を与えると考えています。

共通の論点

客体たるデータの範囲

 以上のとおり、すべての論点において、客体となる「データ」の範囲の確定の問題が影響を与える問題となり得ると考えられます。

 なぜなら、電子データにおいては、著作物を出力するコンピューターに一定の指令を与えて著作物がモニターやプリンター等に出力されます。このように、コンピューターが著作物を出力するための「データ・指令」と「データ・指令」の実行結果として描画される著作物の間には計算処理が挟まれることから、一定の「齟齬・隔たり」が生じるため、著作物の送受信・複製の客体となる「著作物を描画しているデータ」の範囲を確定する作業が必要となるものとも理解されます。

 例えば、インターネット接続の場面で、クライアントコンピュータモニターに著作物の出力・描画に不可欠なデータ、という文脈では、ブラウザソフト(C言語の塊)まで著作物の描画に必要なデータに含まれてしまいかねません。しかし、ブラウザソフトまで含むのは明らかに不当と思われます。

 そこで、実際にクライアントコンピュータに出力された著作物から巻き戻して、出力に必要な固有のデータと理解する、実際に送受信されたデータに限られる(同義反復?)などの様々な議論があり得る部分なのではないかと考えています。

 さらに、組み込みデータをクライアントコンピュータで必ず生成する指令(必要な素材をそろえるための指令を含む。)をアップロードすることは、複製・送信可能化と言えるのか、レンダリングデータ(ただし、クライアントコンピュータで生成されメモリー部に暫定的なデータが展開されるのみ)は、社会通念上素材となるJPEGなどの画像データとは別のデータと捉えるべきではないか、などの派生する論点が生じ得る(或いは生じている)のではないかと考えています。

侵害行為論の見直し

ひとつでも侵害行為が認定されれば、当該行為と損害が因果関係で紐づけば良い損害賠償請求の場面よりも、発信者情報開示請求の場面の方が行為の成否やそのタイミングがシビアに問題になるため、インターネット上の支分権侵害行為について、今後より詳細な議論が展開される可能性があると理解してます。

現にたぬピク事件、はるか夢の址事件では送信可能化行為について、ペンギンパレード事件では複製行為について、これまでとは異なる理解(修正とも捉え得る)のもと支分権侵害と判断されたという理解もできます(※)。

さらに、発信者情報開示やリンクの違法性、適法性の議論では侵害行為の成立のタイミングが重要となる場合があるため、これまであまり議論されてこなかった自動公衆送信行為の性質や成立のタイミングについて今後、判断や議論が必要だと考えています。

※プロバイダ責任制限法(より厳密には省令)の使い勝手が権利者にとって悪いうえに条文が過度に厳格なため、そのしわ寄せ、帳尻合わせが著作権法における支分権の解釈において行われているという指摘もあります。これは、実務的には実際にそのような主張をせざるを得ない側面があるところは事実かと考えられます。

第2の場面②表示領域のあり得る議論について

 以下、②表示領域(ディスプレイ領域)として別の場面・別の議論として整理します。ここで議論されるのは、「(例えばインラインリンクによって)受け渡されたデータ」と公衆伝達権・同一性保持権・氏名表示権(クライアントコンピュータによるデータの出力(著作物の描画)の段階)に関する争点です。

リツイート事件知財高裁判決は、この、②クライアントコンピューターの内部処理の領域たる表示領域について、著作者人格権侵害を認めた判例と理解されます。

同判例で控訴人が「レンダリングデータ」「動画状のデータ」と呼ぶものは、この段階(クライアントコンピュータへの受け渡しが終わった段階(厳密には順次処理。))で、クライアントコンピュータ、メモリ上に生成されるデータのことです。

 ここでは、データの送受信とは切り離された、クライアントコンピュータを用いた著作物の描画行為の行為主体性が議論の中核となるものと思われます。百花繚乱となるであろうデータの受け渡しの場面よりは、よりシンプルな議論となるであろう領域と予想されるところです。

表示領域における侵害主体論

 クライアントコンピュータを作動させ、著作物を出力せしめている主体は何者かという議論です。

客体となるデータに関する議論

ここでも行為主体論に影響が大きい争点として、客体の議論=表示領域で権利侵害をクライアントコンピューターに実行させる「侵害情報」はどの範囲の情報なのかという議論についても、論点となり得ます。

  同一性保持権、氏名表示権については、サーバーにHTMLファイルをアップロードしたHTMLファイルの発信者を行為主体と判断するのか、議論がありそうです。

 また、公衆伝達権との関係では、人格権侵害、特に氏名表示権侵害は認めた場合、支分権侵害として公衆伝達権(或いは元からクライアントコンピュータに存在しているデータ(絵文字など)については上映権)侵害を認め得るのではないか、侵害データの捉え方やこれに起因して行為主体論に議論が生じ得るところと理解しています。発信者を主体とする氏名表示権侵害の成立を認め、クライアントコンピュータユーザーを「公衆」と理解した場合、上映権や公衆伝達権侵害の成立は認め得るのではないか、議論があり得る場面ではないでしょうか。

翻案権侵害

同一性保持権侵害が認められた場合、翻案権侵害は成立し得るのか、議論があり得るところだと理解してます。

小括

いずれにせよ、この②表示領域部分の議論は①データの受け渡し領域の議論ほど論点が多岐に渡らないため、法律の分野でも技術的な理解の共有が進めば、通説的見解に至りやすい側面があるかもしれません。

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