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この記事は、昨今議論の必要性がより高まりつつあるリンクと著作権を巡る議論について、強い影響を与える可能性がある自動公衆送信権(自動公衆送信行為)について、一考察を発信するものです。

考察の趣旨

自動公衆送信権は、送信可能化権を中心とした検討から、本来的な自動公衆送信権を中核とした検討にシフトすべきと考えています。また、自動公衆送信行為は、対向行為として把握されるべきと考えています。

送信行為の対向行為性

インターネットにおける著作物の自動公衆送信行為は本来、受信行為が存在しなければ成り立たない対向行為と理解されるべきというのが私見です。すなわち、送信準備行為は発信者の単独行為として実行可能としても、受け手が受信のためのアクションを採らない限り、実際にサーバーに保存された情報がクライアントコンピューターに送信されて送信行為が完成することはありません。クライアントサイドでデータの受信を望んでアクションを採らない限り、サーバーからクライアントコンピュータへの実際のデータの送信(パケット送信)は生じません。送信のリクエストがない限り、データはサーバーコンピュータに留まり続け、クライアントコンピューター保存領域にクローニングされる(送受信される)事はありません。

つまり、受信行為の発生をトリガーとして、送信準備行為が送信行為へと昇格する(「送信準備行為」が「送信行為成り」する。)と理解すべきです。

この意味でインターネット上の送信行為である自動公衆送信行為は、対向行為であり、受信行為が発生した時点で初めて成立し得る、単独で実行不可能な行為類型と捉えられるべきではないかと思います。

すなわち、自動公衆送信行為は、受信者の求送信行為があってはじめて成立する単独では実行不可能な行為であり刑事法の世界では必要的共犯(但、受信側は不処罰のいわゆる片面的対向犯)に属する行為類型と理解されるべきと考えます。この点は、これまであまり議論されて来なかった論点であると理解しています。

その原因の一つは、送信可能化行為という単独で実行可能な送信準備行為を中心に議論が展開されてきたことによると理解しています。

議論の中心は送信可能化行為から自動公衆送信行為に移るべき

しかしながら、ここで送信可能化行為は自動公衆送信権の保護を十全にするために設けられた附属的な権利類型であることが想起されるべきと考えます。

あくまで中心は自動公衆送信権の保障であり、送信可能化権は自動公衆送信権侵害の立証負担軽減などを目的に創設された附属的な権利であることから、送信可能化侵害が成立しないことから自動公衆送信権侵害が成立しないという方向の議論は本末転倒の感を否めません。

データの受信は結果ではなく行為と捉えられるべき

自動公衆送信を、送信可能化行為の「結果」と理解する見解もあります。しかしながら、そもそも、「送信行為」は、「受信行為」発生後にはじめて成立し得る行為類型であることから、自動公衆送信を「結果」と捉えるのではなく、対向「行為」と理解すべきと考えます。

行為を禁止する禁止権である著作権法の他の規定との整合性からも、自動公衆送信を、行為と理解すべきと思われます。

タイムラグのある対向行為

自動公衆送信行為は、上記のとおり、受け手の受信行為が存在して初めて成立する単独では成立することのない対向行為であると考えています。

しかしながら、本来的に対向行為は一方行為と他方行為が同時に成立する場面が多かったと考えています。この点、自動公衆送信行為は、一方行為である送信準備行為から、他方行為である受信行為までの間にケースによっては年単位のタイムラグがあるというインターネットの登場によって成立した新しい類型の対向行為類型と捉えられます。

このタイムラグが、送信状態を「結果」と理解する余地を生んでいるように思います。しかし、上記のとおり、「結果」ではなく、タイムラグを経て成立する対向「行為」と理解すべきというのが私見です。

この、タイムラグのある対向行為性をどのように捉えるか議論は多くある事と予想しますが、双方行為が同時に成立する一般的な対向行為と殊更別異に捉える必要はないのではないかと考えられます。

頒布権(及び譲渡権・貸与権)との対比

頒布権に規定される譲渡行為、貸与行為も、買い手の買受行為、あるいは借り手の借受行為がなければ成立しない対向行為です。

このように、著作権法上も対向行為について行為類型がすでに存在していることは、自動公衆送信行為を対向行為と捉えることに対する障壁を幾分緩和するのではないかと考えています。

さらに、ここで強く注目されれべきは頒布行為と自動公衆送信行為の著作物利用に対する役割の等質性です。

すなわち、利用者の手元に著作物を利用し得る状態をつくるという、著作物の利用準備行為である点で、頒布権と自動公衆送信権は極めて等価的、同質的とも理解できます。準備行為というと送信可能化権が想起されますが、送信可能化行為は、利用準備行為の準備行為、あるいは、利用準備行為の誘因行為という位置づけになるかと思います。

例えば、著作物を再製し得るデータを保存した記録媒体を売買する行為と、著作物を再製し得るデータをクライアントコンピューター保存領域にクローニングする自動公衆送信行為は、クライアントコンピューターモニターに著作物を造影する状態をつくるという点から観察すれば極めて等価的です。

対向行為と捉えることの実益

自動公衆送信行為を対向行為と捉える議論の実益は、送信可能化行為に必ずしも限定されない送信行為を定義できる点です。

すなわち、受信行為の際にこれと対になると評価できる行為は全て自動公衆送信行為と評価できる可能性があります。例えば、たぬピク事件などについて、うまく理論づけできる可能性があります。

また、受信行為を促す行為は、受信行為の現出をファクターとして送信行為に転化する送信準備行為について、送信準備行為の送信行為転化を助長したものとして送信行為に対する教唆行為、幇助行為と評価する余地が出てくることになります。

このように、自動公衆送信行為や、これの幇助、教唆に当たる行為を、0か100かの議論で切り分けず、事案に応じた考察が可能になる点に、自動公衆送信行為を対向行為と理解する実益があるものと考えます。

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